最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)754号 判決 1968年11月01日
上告人
オリオン興業株式会社
上告人
長原伸行
代理人
植垣幸雄
林田崇
金田稔
被上告人
藤田昌平
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人植垣幸雄、同林田崇の上告理由第一点および同金田稔の上告理由第二点について。
所論の予解があつたとは認められないとする原審の認定判断は、原審の取り調べた証拠関係に照らして肯認することができる。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断ないしは事実の認定を非難するに帰し、採用できない。
上告代理人植垣幸雄、同林田崇の上告理由第二点および同金田稔の上告理由第一点について。
本件係争物件について既に裁判上の和解の成立していることは所論のとおりであるが、右和解調書(甲一号証)の記載によれば、その明渡の対象となる土地および収去の対象となる建物の表示は極めて不明確であつてその特定を欠き、損害金の支払についてもその終期は必ずしも特定せず、果して本訴請求にかかる昭和三八年一月以降の分を含むものか否かは疑なしとしない。したがつて、被上告人が本件係争物件について重ねて本訴請求に及んだとしても、直ちに訴の利益を欠くものとはいえず、論旨は採用できない。
上告代理人金田稔の上告理由第三点について。
原審の確定した諸般の事情のもとにおいては、被上告人の本訴請求を直ちに信義則違反または権利の濫用とは断じ難く、この請求を認容した原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)
上告代理人金田稔の上告理由
第一点 本件訴訟と大阪地方裁判所昭和二八年(ワ)第三二六〇号建物収去土地明渡請求事件および同年(ワ)第四二六五号賃借権存在確認反訴請求事件(以下前の訴訟と略称)とは当事者および訴訟物がともに同一であつて、「前の訴訟」において昭和三六年六月一日和解が成立しているのであるから、被上告人が主張するように仮りに上告人らにおいて右和解条項に違反した事実があるのであれば、被上告人は右和解調書を債務名義として執行すれば足りるものであり、しかも右和解調書は法律上即時に執行できる債務名義であるから被上告人は訴の利益(権利保護の利益)を有しないと断ずべく、さすれば上告人らが本件訴訟において請求棄却の判決を求めたことにかかわりなく、被上告人の本件訴は却下されるべき性質のものであるにもかかわらず、第一・二審がこれを看過し、本案(実体)判決をしたのは違法であつて、上告審において破棄を免れないものといわなければならない。
一、被上告人と上田雄一は昭和二八年七月、上告人らを被告とし本件建物を収去して本件土地(当時二六番地の一部)の明渡を求める訴を大阪地方裁判所に提起し(同庁昭和二八年(ワ)第三二六〇号)、上告人らは賃借権存在確認の反訴請求をなした(同庁昭和二八年(ワ)第四二六五号)が、昭和三一年六月一日午後一時同裁判所において左記条項の和解が成立したことは原判決および原判決が引用する事実摘示および甲第一号証により明白である。
記
(一) 被告等は別紙物件目録記載の土地を何等の権限なく占有していることを確認すること。
(二) 原・被告双方は前項の土地について第四項若しくは第五項による賃貸借契約を結ぶ迄は、原告等は被告等に対し前項の理由に基づいて右土地の明渡を請求しないこと。
(三) 被告らは前項の期間中その所有に係る右地上建物をその現状を変更しない儘保管すること。但し被告等がこれを取毀して撤去することは差支えない。
(四) 右建物を将来被告等が昭和三十二年十二月末日までに被告等より原告等に対し賃貸借契約を申入れるべく原告等は之に応じて契約を締結することを予約する。
(五) 右建物を将来被告等が第三者に譲渡する場合には、第四項の期限迄に当該第三者より原告等へ賃貸借契約を申入れるべく、原告等は之に応じること。
(六) 前二項契約締結に当り協議が調わないときは大阪簡易裁判所に調停を申立て調停が調わないときは同調停委員会の決定に双方異議なく従うこと。
(七) 被告等は、本和解成立に至るまで本件土地を占有せることにより損害金十二万八千三百二十二円也を連帯して原告藤田昌平に左のとおり分割して、持参又は送金して支払うこと。
(1) 本和解成立後一ケ月以内に金二万円
(2) 〃 二ケ月〃 金二万円
(3) 〃 三ケ月〃 残額全部
(八) 被告等は前記賃貸借契約に至るまで本件土地を占有することによる損害金として昭和三十一年十二月迄は毎月二千円、昭和三十二年一一月一日以後は毎月三千円也を原告藤田に対し毎月末日限り連帯して持参支払うこと。
(九) 被告等が前二項の支払を怠つた時(但し前項の金員については二ケ月以上怠つた時)は第二項の定めに拘わらず被告らは本件地上の建物を収去して本件土地を原告等に明渡すこと。
(一〇) 本訴及び反訴の各爾余の請求を放棄すること。
(一一) 訴訟費用は各自負担とすること。
二、ところで、本件訴は右和解が成立した「前の訴訟」と当事者、訴訟物がともに同一である。
(一) 前の訴訟においては被上告人と上田雄一両名が原告で、本件訴では被上告人が単独で原告となつているが、これは被上告人の主張、記録上明らかなとおり、本件土地は元布施市永和一丁目二六番地の一宅地四五〇坪(但し和解成立当時公簿上の表示田一反五畝歩)に含まれており、同土地は和解成立当時被上告人と上田雄一の共有するところであつたが昭和三七年一二月二二日、二六番地の一宅地一八六坪一合七勺と同番地の二宅地二六三坪八合三勺とに分割され前者は上田雄一の居宅の敷地であるところからこれを同人の、本件土地である後者の土地は被上告人が各単独所有することとなつたからであつて、「前の訴訟」の原告らと本件訴訟の原名が同一であることに疑いはない。
また、「前の訴訟」の被告キングラバー興業株式会社は上告人オリオン興業株式会社の変更前の商号であつて上告人両名は「前の訴訟」においても被告である。
(二) 本件訴訟において被上告人が明渡を求めている土地は、布施市永和一丁目二六番地の二宅地二六三坪のうち上告人らが本件建物を所有することによつて占有する土地部分であつて、これは前述のとおり「前の訴訟」で被上告人らが上告人に明渡を求めていた土地と同一目的物であり、しかも請求原因は右土地の所有権にに基づく明渡請求であつて訴訟物も同一である。
三、被上告人は本件訴訟における請求については「前の訴訟」において和解調書が成立したことにより債務名義を有し、即時に即時に執行できる状態にあつたものであつて、同一請求についての本件訴訟においては訴の利益(権利保護の資格)がない。
(一) 既に債務名義の存する場合に訴の利益であるかどうかについては問題のあるところである。
訴訟による解決を俟つまでもなく、当事者が他の方法で目的を達しうる場合には、それをとりあげる必要のないのはいうまでもなく、既に判決又はこれに準ずる和解調書がある場合は確定力を伴う判決または和解調書を二度得ても通常は何等プラスにならないのであるから特別の事情の存在しない限り斯かる場合には講学上起訴の障害事由として訴の利益は否定される。
債務名義がある場合にも特別な事情がある場合には例外的に訴の利益が肯定される場合はあり得る。債務名義とはなり得てもそれが確定力を伴わない執行証書である場合はその権利を確定せしめる意味において権利保護の利益が認められて然るべきであるしまた、その債務名義の内容について疑義ある場合も同様に解して差支えないであろうし(調停条項の解釈に疑義ある場合に同一請求につき訴の利益ありとした最判昭和二七年一二月二五日第一小法廷民集六巻一二号一二七一頁、和解条項の解釈に疑義ある場合に同一請求につき訴の利益ありとした最判昭和四二年一一月三〇日第一小法廷民集二一巻九号二五二八頁)、確定力ある債務名義が存する場合であつてもその正本を紛失し、しかも原本が滅失していて新たに正本の付与を求めることが不可能な場合(大判大正一四年四月六日民集四巻三号一三〇頁)や、時効中断のため訴の提起が必要とされる場合(大判昭和六年一一月二四日民集一〇巻一〇九六頁)等である。
(二) 「前の訴訟」と本件訴訟と当事者および訴訟物(請求)が同一であることは前述のとおりである。
しかして、原判決および原判決が引用する事実摘示から明白なとおり、本件土地を被上告人が所有、上告人らが本件建物を所有することによつて本件土地を占有していることおよび「前の訴訟」において当事者間に前記和解が成立したことは当事者間に争いのないところである。
本件訴訟の争点は、上告人らの本件土地の占有権限についてである。上告人らは「前の訴訟」における前記和解条項(四)に基づき期限内に賃貸借契約の締結の申入れをしたので本件土地について賃貸借契約が成立したものであると主張するのに対し、被上告人らの主張の骨子は上告人らが右和解条項(七)に違反したので上告人らは和解条項(四)に基づき本件土地につき賃貸借契約締結の申入れをなす資格を失つていたものであるから和解条項(九)によつて建物を収去して本件土地を明渡す義務があるとするものである。
被上告人の主張は結局「前の訴訟」における和解調書正本に執行文付与を求めることができる場合に関する事由を主張する趣旨に帰着する。
さすれば、被上告人とすれば「前の訴訟」の和解調書を債務名義として強制執行をなせば足りるのである。
しかるに被上告人は「前の訴訟」の和解調書に執行文付与の申立をなす等強制執行法上の手段をとらずして突如、本件訴を提起したものであるから被上告人は訴の利益を有しないこととなる。
(三) なお、「前の訴訟」の債務名義たる和解調書の内容については疑義はなく、執行文付与を求めることは勿論、和解調書の物件の表示と原判決の物件の表示とは異るが、同一物件であることは記録上疑いはなく、原判決の表示は和解調書の物件の表示を現況に合致させるため和解調書の物件の表示をより正確に表示したままであつて、和解調書による執行不能という問題は起らず即時に執行ができる状態である。
尤も、本件建物には上告人以外に第三者が居住しておる関係で右和解調書に基づきいきなり建物収去の強制執行はできないがこれは仮りに被上告人が本件訴訟で勝訴確定判決を得たとしても実際起りうる問題でここで論じている訴の利益とは別の問題であることに御留意願い度い。
四、訴の利益(権利保護の利益)は訴訟要件であり訴訟要件は当事者の主張の有無を問わず裁判所が職権を以つて審査すべきるのであつて、要件の欠缺が認められるときは起訴の障害事由に該当し、上告人において請求棄却の判決を求めた場合であつても裁判所はそれにかかわりなく訴却下の訴訟判決をなすべきものである。
(一) 多少の異論がないではないが、訴の利益(権利保護の利益)のない以上実体権の存否の判断に立入らないということは、その存在が本案(実体)の裁判の前提要件たることを意味する。
本案の裁判をなすための前提要件と呼ぶならば訴の利益(権利保護の利益)は訴訟要件とみるべきである。
(二) しかして、訴訟要件たる事実の存否については職権で調査するのが原則である(例外事例仲裁契約・不起訴の特約・訴訟費用の担保提供の申立があるに過ぎない)。実体権の要件事実の存否に関して弁論主義が貫かれていることと対比をなすものといえる。
訴の利益(権利保護の利益)の存在が訴訟要件である以上職権で調査すべきは当然で、当事者の抗弁をまたずにまた、当事者の争の有無にかかわらず裁判所が進んで顧慮し判断すべきものであつて、これは被告において本案判決を求めた場合であつても同様であり、この点についてはドイツ、わが国の学説ともに異論がない。
(三) しかるに、第一、二審は前述のとおり当事者の主張および記録上本件訴訟と同一請求につき被上告人は「前の訴訟」で既に債務名義を有し訴の利益が存在しないことが明らかであるにもかかわらずこの点を全く看過して本案判決をなしたのは違法というべく、原判決は上告審において破棄自ら訴却下の判決乃至は差戻判決がなされるべきものである。 <後略>